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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)8229号 判決

原告 石原節

被告 日本電信電話公社

訴訟代理人 横山茂晴 外七名

主文

一、被告が昭和四二年六月二四日原告に対してなした懲戒戒告処分は、無効であることを確認する。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求めた裁判

(原告)

主文第一、二項と同旨の判決。

(被告)

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二、当事者双方の事実上、法律上の陳述

(原告の請求原因)

一、原告は、被告公社目黒電報電話局(以下「目黒局」という。)施設部試験課に勤務する同公社職員である。

二、被告は、昭和四二年六月二四日原告に対し、懲戒戒告処分に付する旨の意思表示(以下「本件処分」ともいう。)をした。

三、しかしながら、本件処分は処分事由(就業規則所定の懲戒事由)が存在しないにもかかわらず行なわれた無効のものであるから、これが確認を求める。

(被告の答弁および主張)

一、請求原因第一、二項の事実は認めるが、第三項の主張は争う。

二、被告が本件処分を行つた理由は次のとおりである。

(一)(イ) 原告は昭和四二年六月一六日以降同月二二日まで継続して、目黒局において、作業衣左胸に青地に白色で「ベトナム侵略反対、米軍立川基地拡張阻止」と書いたプラスチツク製のプレート(以下「本件プレート」ともいう。)を着用して勤務した。

(ロ) その間、目黒局の局長および次長は、同年六月一六日午前九時頃原告に対し、「局所内でそのようなものをつけては困る。局所内では右のような主義、主張をもつた札、ビラその他を胸につけることは許可しない方針なので、直ちに取りはずしてもらいたい。」旨注意を与えたが、これに従わず、さらに同日正午前頃、試験課長から、翌一七日午後二時前頃試験課長、施設部長から、同月二二日正午頃試験課長から、同日午後三時過頃次長、施設部長から、それぞれプレートを取りはずすように注意を与えたが、原告はこれに従わなかつた。

(ハ) 原告は同年六月二三日正午頃、目黒局局所内で、局所管理責任者である庶務課長の許可を受けることなく、右のプレートを取りはずすようにとの命令に対する抗議ビラ数十枚を職員に配布した。

(ニ) 被告公社就業規則第五条第七項は「職員は、局所内において……政治活動をしてはならない。」と規定し、ここにいわゆる政治活動とは、人事院規則一四-七に規定する政治的目的をもつ政治的行為を意味し、例えば、政治上の主義、施策を支持し、推進し、もしくはこれに反対すること、公職の候補者を推薦し、支持し、もしくはこれに反対すること、政党を支持し、反対し、もしくはその活動に参加すること、または政治上の意見を発表することなどを含む政治的言動の一切を指称するものであるから、原告の(一)、(イ)のプレート着用行為は、右就業規則の規定に違反し、就業規則第五九条第一八号所定の懲戒事由(「第五条の規定に違反したとき」)に該当する。

次に、原告の(一)、(イ)の所為は、同条第三号所定の懲戒事由(「上長の命令に服さないとき。」)に該当する。ここでいう上長の命令とは、それが一見明白に違法と認められる場合を除いて上長が職務上発するすべての命令を意味するものである。

原告の(一)、(ハ)のビラ配布行為は、就業規則第五条第六項(「職員は、局所内において……ビラの配布……をしようとするときは、事前に別に定めるその局所の管理責任者の許可を受けなければならない。」)の規定に違反する。仮令原告が違法と考える命令に対する抗議のビラであつても、局所管理者の許可を要するものであり、上司の命令に対して反対の意見を有するなら、平穏な手段でこれを申し出るべきである。したがつて、右違反は、前記就業規則第五九条第一八号所定の懲戒事由に該当する。

そこで、被告は、日本電信電話公社法第三三条第一項により原告を本件懲戒戒告処分に付したものである。

(被告の主張に対する原告の答弁および主張)

一、被告主張の処分理由(一)、(イ)、(ロ)、(ハ)の各事実は認めるが、(二)の主張はすべて争う。本件プレート着用行為は、就業規則第五条第七項にいう選挙運動その他の政治活動に該当しない。したがつて、右プレートの取りはずしを命じた上司の命令は違法なものであつて、原告に服従義務はない。また、違法な命令に対する抗議の意思表示としてのビラ配布が、当の違法行為者である管理責任者の許可なくしては行えない理由はない。五四七(一三)

二、本件処分の無効事由

(一) 就業規則の違憲、無効による本件処分の無効

国民はすべて憲法第一五条第一項、第一九条、第二一条第一項などの規定により政治活動の自由、言論表現の自由を保障され、労働基準法第七条もこれらの憲法の諸規定を受けて勤務時間中の労働者の政治活動の自由を保障しているのであるが、就業規則第五条第七項の規定は、被告公社に勤務する労働者から、局所内政治活動の自由を一切奪いとるものにほかならず、同条第六項の規定は、局所内のいかなるビラ配布に対しても無条件に全面的、一般的許可制にかからしめ、職場内における表現の自由を一切禁圧するものである。元来、使用者が就業規則によつて労働者の個々の行動を制限できる事項の範囲は、職場の安全保持や業務上の秩序維持のため必要な最少限度に限られるべきであつて、このように、政治活動およびビラ配布行為を、それが他の基本的人権を重大に侵害する明白にして現在の危険があるか否かと無関係に、全面的、一般的に禁止しなければならない合理的根拠は存在しないから、就業規則第五条第六項、第七項の規定は、いずれも前記憲法の諸規定に違反して無効である。したがつて、右就業規則違反を理由として懲戒処分を行うことは許されていない。

(二) 本件処分の違憲、無効

本件処分は、原告が本件プレートを着用したことにもとずくものであるから、憲法第一九条、第二一条第一項に違反するばかりでなく、本件処分により自動的に月給の定期昇給が三ケ月延伸されるのであつて(就業規則第七六条第三項)、信条による経済的差別待遇として同法第一四条第一項にも違反し、無効である。

(三) 本件処分の労働基準法違反による無効

被告はその労務政策の一環として、共産党員や日本民主青年同盟員またはその同調者と目された職員については厳しくその動向を監視し、職場の内外を問わず差別する方針をとつていた。原告は、昭和三三年目黒局配属後、公社職員で組織された全国電気通信労働組合の職場委員に就任し、昭和三四年から一年間同組合西南支部目黒分会の執行委員、昭和三六年から同三九年までは同分会書記長の任にあつたばかりでなく、安保破棄諸要求貫徹中央実行委員会の目黒地区幹事や日本民主青年同盟目黒地区委員などを歴任し、平和運動、民主運動を推進してきた。

本件処分は、被告が原告を共産党員であると認識し、原告の右のような思想信条を嫌い、そのために行つた差別待遇にほかならないから労働基準法第三条に違反する。また、原告は、正午の休憩時間を利用して本件ビラ配布を行つたものであるから、これを懲戒処分の対象とすることは同法第三四条第三項の休憩時間の自由利用にも違反する。

(四) 懲戒権の濫用

(1)  被告公社においては、本件プレート以前にも「日韓会談反対」のバツジ「不当処分撤回、ベトナム戦争やめろ」のリボンおよびゼツケン、「物価値上反対、大幅賃金引上げ、反戦平和」のプレートなどの着用が頻繁に行われていたが、従来政治的内容のプレート着用を理由に処分された者はいなかつたし、原告の場合も、原告は昭和四二年五月二九日本件プレートの着用を始めたのであるが、同年六月一六日石田次長から取りはずすよういわれるまでは上司からなんの注意も受けなかつた。

局舎内のビラ配布についても、従来目黒局は勿論、東京中央電報局、東京市外電話局、品川電報局などで多数のビラが配布されており、しかもその中には全電通労組東京電信支部発行のベトナム反戦特集の支部速報など政治的内容をもつたビラも含まれていたが、これらについて管理者の許可を得たことはなかつたし、許可がないということで阻止されたこともなかつた。このように、目黒局では、実際上は無許可でビラ配布を行うことが職場の慣行化していた。

(2)  本件プレートの内容は、帰するところ戦争反対ということであつて、それは一党一派の主張ではなく、全電通労組においても、昭和四〇年の組合大会決定により、ベトナム反戦運動を組合の運動方針として採り上げて以来、本件の発生した昭和四二年六月頃までの間、そのための集会、機関紙発行、ビラ配布など被告局舎内での運動を展開したが、原告の本件プレート着用は、右の組合の基本方針に従つた行動である。また、原告の配布したビラは不当な本件プレートの取りはずし命令に抗議するものであつて、正当防衛行為である。

(3)  原告の所属する試験課は、加入者から電話による故障の申出を受け、故障の有無、故障個所等を然るべき担当者に連絡するのが職務内容であつて、顧客と直接応対する機会はないから、本件プレートが顧客の目に触れたことはなく、本件プレートの着用によつて他の職員と紛争を起したこともない。また、本件ビラ配布は、六月二二日の昼休み休憩時間中に休憩室で行なつたものであつて、これによつて目黒局の業務になんらの支障を与えたわけでもない。

(4)  原告は、前記のとおり本件懲戒処分によつて定期昇給日を三ケ月延伸され、その結果原告の俸給額は次年度において本来昇給すべき額より一二分の三だけ減額されることになり、一時金諸手当、べースアツプの配分率、年金、退職金などすべてについて不利に影響し、この重大な不利益は生涯回復できない。

(5)  以上のような本件プレート着用行為およびビラ配布行為の目的、態様、これによる実害の不発生、従前の慣行などを総合し、本件処分によつて原告の被る不利益と比較すると、本件処分は、情状の判定を誤つた懲戒権の濫用にあたり無効である。

(原告の主張に対する被告の反論)

一、就業規則の合憲性

(一) 憲法第一五条第一項の趣旨は、すべての公務員の選定および罷免は、直接または間接に主権者たる国民の意志に依存するようにその手続が定めなければならない、というのであつて、国民の政治活動の自由を保障したものではないから、就業規則第五条第七項の規定が右憲法の条項に違反する余地は全くない。

(二) 憲法第一九条は、人の内心の自由を保障しているものであるが、就業規則第五条第六項、第七項の規定は、何ら右の意味での内心の事由を侵すような定めをしていないから、右憲法の規定に違反しない。

(三)(1)  憲法第二一条の保障する表現の自由も絶対的なものでなく、自己の自由意思にもとずく特別な公法関係上または私法関係上の義務によつて合理的な範囲で制限を受けるものである。

(2)  就業規則第五条第七項について

被告の行う電信電話事業は極めて高度の公共性を有し、政治的には中立性を強く要請されているから、勤務時間中の職員の政治活動は職務専念義務に違反するとともに、公社の業務に支障をもたらすことは明らかであり、勤務時間外の局所内政治活動も、他の勤務中の職員の業務を妨げ、あるいは他の休憩中の職員の休憩を妨げる場合があり得るばかりでなく、局所内政治活動を放置すると、職員間に政治的対立、抗争が生じ、その結果能率の低下、職場規律の乱れを生ずる虞がある。

他方、局所内は本来的に政治活動の場所ではなく、職員は、局所内での政治活動を禁止されても、局所外での政治活動ないし政治的表現については、なんらこれを制限されるものではない。このような局所内政治活動を禁止する必要性とそれによつて原告が受ける表現の自由の制約とを比較衡量すれば、局所内政治活動を禁止することは、表現の自由に対する合理的な制限であり、就業規則第五条第七項の規定は憲法第二一条第一項に違反するものではない。

(3)  就業規則第五条第六項について

局舎内におけるビラ配布を許可制とする必要性は次のとおりである。すなわち、(イ)被告公社は、前記のとおり政治的中立性を要請されるから、その施設を政治活動のために利用させることは避けなければならず、ビラ配布の中には政治活動となる場合もあり得ること、ビラ配布の時刻如何によつては(例えば職員の執務時間中)事務能率を低下させる虞があること、(ハ)ビラの内容如何によつては(例えば虚偽または公序良俗違反)職場規律を乱し、能率を低下させる虞があること、(ニ)電報原書、電話交換証その他職務上重要な文書が比うにまぎれて事故発生の虞があること、(ホ)ビラの形状、枚数、配布方法如何によつては局所内の清潔、整頓を乱す虞があることなどである、他方、許可制をとることによつて局所内でのビラ配布が全面的に禁止されるものではなく職員は、右のような弊害を伴わないビラの配布を制限されることはないし、局所外でのビラ配布はもとより自由に行い得るのである。

右のような、ビラ配布を許可にかからしめる必要性とそれによつて原告が受ける表現の自由の制約とを比較衡量すれば、局所内でのビラ配布を許可にかからしめることは、表現の自由に対する合理的な制限であり、就業規則第五条第六項の規定は憲法第二一条第一項に違反しない。

二、本件処分の合憲性

本件処分は、就業規則所定の懲戒事由に該当する原告の非違行為を理由とするものであつて、原告の思想、良心を理由とするものではないから、憲法第一九条違反の問題を生ずる余地はなく、就業規則の規定が同法第二一条第一項に適合することは前記のとおりであるから、その違反を理由に懲戒処分に付しても右憲法の条項に違反するものではない。また、本件処分により、原告が定期昇給日を三ケ月延伸されたことは認めるが、右は定期昇給延伸基準(就業規則第七六条第三項、賃金に関する協約第三六条第一号)に該当するためであつて、懲戒処分を受けた者の定期昇給時期を懲戒処分を受けない者に比べて三ケ月延伸することは合理的な取扱であつて、憲法第一四条第一項に違反するものではない。

三、本件処分の労働基準法適合性

本件処分が原告の思想、信条による差別待遇であるとの原告の主張はすべて争う。

労働基準法第三四条第三項は、休憩時間を自由に利用させることによつて労働者の疲労の回復を図ろうとするものであり、この法の趣旨に反しない限り、局所内にある職員に対して、被告公社の政治的中立性の保持、規律維持、能率低下防止などのために必要な制限を就業規則上設けるごとは、右労働基準法の規定に違反するものではなく、その制限を無視して局所内で無許可でビラを配布した行為を懲戒処分の対象としてももとより労働基準法の規定に違反するものではない。

四、懲戒権濫用の主張について

原告の主張はすべて争う。目黒局においては、被告公社の方針、指示に従い、公社の発行するもののほか、総合名義で作成された定期刊行物については勤務時間外に配布場所を特定して許可条件を逸脱しないという条件で包括的に許可しているが、その他のビラ配布および局所内政治活動については厳重に対処している。本件処分が適法有効な就業規則を適用して行なわれたものであることは前記のとおりであり、原告は、上司から再三本件プレートを取りはずすよう注意を受けた後である昭和四二年六月二二日夕刻に、試験課の職員に対して、全職員がプレートを着用して闘おうと大声でそそのかして積極的に反抗の態度を示しており、その情は決して軽くないのであるから、本件処分には十分な相当性がある。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一、原告が被告公社目黒電報電話局施設部試験課に勤務する同公社職員であること、被告が昭和四二年六月二四日原告に対し、懲戒戒告処分に付する旨の意思表示をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二、本件処分の対象となつた処分事由の存否について判断する。

(一)、(イ) 原告が、昭和四二年六月一六日以降同月二二日まで継続して、目黒局において作業衣左胸に青地に白色で「ベトナム侵略反対、米軍立川基地拡張阻止」と書いたプラスチツク製のプレートを着用して勤務したこと、

(ロ) その間、目黒局の局長および次長は、同年六月一六日午前九時頃原告に対し、「局所内でそのようなものをつけては困る。局所内で右のような主義、主張をもつた札、ビラその他を胸につけることは許可しない方針なので直ちに取りはずしてもらいたい。」旨注意を与えたが、これに従わず、さらに同日正午前頃試験課長から、翌一七日午後二時前頃試験課長、施設部長から、同月二二日正午頃試験課長から、同日午後三時過頃次長、施設部長から、それぞれプレートを取りはずすように注意を与えたが、原告はこれに従わなかりたこと、

(ハ) 原告が、同年六月二三日正午頃、目黒局局所内で局所管理責任者である庶務課長の許可を受けることなく、右のプレートを取りはずすようにとの命令に対する抗議ビラ数十枚を職員に配布したこと。以上の各事実は当事者間に争いがない。

(ニ) 〈証拠省略〉によると、昭和四二年当時被告公社職員に適用のある就業規則第五条第六項は、「職員は、局所内において演説、集会、貼紙、掲示、ビラの配布その他これに類する行為をしようとするときは、事前に別に定めるその局所の管理責任者の許可を受けなければならない。」と、同条第七項は、「職員は、局所内において、選挙運動その他の政治活動をしてはならない。」と、第五九条は、「職員は次の各号の一に該当する場合は、別に定めるところにより、懲戒されることがある。三、上長の命令に服さないとき、一八、第五条の規定に違反したとき(その他の各号省略)と、第六〇条は「懲戒処分には、次の種類がある。一、免職、二、停職、三、減給、四、戒告」とそれぞれ規定していることが認められ、右認定に反する証拠はない。

(三)  そこで、上記原告の各所為が、就業規則所定の懲戒事由に該当するかどうかについて順次検討する。

(1)  プレート着用および取りはずし命令拒否について

まず、就業規則第五条第七項にいわゆる「政治活動」の意義について考えてみる。被告公社は、いうまでもなく、従来政府(電気通信省)の行つていた公衆電気通信事業の合理的かつ能率的な経営体制を確立し、公衆電気通信設備の整備、拡充を促進し、ならびに電気通信による国民の利便を確保することによつて公共の福祉を増進することを目的として、日本電信電話公社法(昭和二七年法律第二五〇号)により旧電気通信事業特別会計の純財産額を資本金として創設された政府金額出資の独立法人であつて、これに伴い、従来国家公務員として国家公務員法および人事院規則によつて規律されていた職員の労働関係(地位、服務、労働条件などを含む。)も、日本電信電話公社法公共企業体等労働関係法および被告公社の制定する就業規則の定めるところによることとなつたのであるが、公社職員の服務の規準に関する法律上の規定としては、竹本電信電話公社法第三四条に「職員はその職務を遂行するについて、誠実に法令及び公社が定める業務上の規定に従わなければならない。職員は全力を挙げてその職務の遂行に専念しなければならない。」との国家公務員法第九六条に対応する規定があるほかは、同法第七節(服務)のような格別の規定を置いていない。

しかして、〈証拠省略〉によると、被告公社は、その設立後国家公務員法および人事院規則に代るべき職員関係についての規則として、昭和二七年八月一日総裁達第八号をもつて、既存の労働条件その他人事制度を原則としてそのまま受け継いだ内容の職員就業規則を制定し、その第五条第八項に「職員は局所内において、選挙運動その他の政治活動をしてはならない。」との規定を置き、その後数次の改正を経たが、右規定は上記のとおり同条第七項にそのまま存続していること、右就業規則作成に当つて中核的な担当官であり、審議の全過程を通じて論議の事情に最も精通している被告公社職員が就業規則運用の参考とするため公式に発表した就業規則解説によると、右規定にいわゆる「政治活動」の意義は、従前の解釈による、すなわち、人事院規則一四-七に規定する政治的目的をもつ政治的行為と解すべきである、と明記されていることが認められ、右認定を覆すべき証拠はない(なお、被告が、本訴訟においても、「政治活動」の意義につき、右と同様の主張をしていることは本件口頭弁論の経過に徴して明らかである。)。

もとより、被告公社は、公衆電気通信事業という一般公衆が直接利用関係に立ち、国民生活に直接多大の影響力をもつ公益性ないし社会性の極めて強い事業を経営する企業体であるから、公社職員の労働関係も右の事業の公益性、社会性を反映して、一般私企業の労働者のそれと本質的には同一性を有しつつも、なお若干異つた規制を受けることは否定できない。しかしながら、公社職員の政治活動についていえば、法律上公社職員の政治活動の自由を制限する明文の規定は存在しないばかりでなく、その職務の性質上、公社職員が、局所の内外を通じ国家公務員に対して要請される程度を超えて、より広範に政治的中立性の確保を要請されなければならない根拠を見出すことは困難である。そうだとすると、上記被告公社設立の沿革、就業規則制定の経緯および右規則制定者の見解を総合して考えると、就業規則第五条第七項の「政治活動」の意義は、人事院規則一四-七に規定する政治的目的をもつ政治的行為と同趣旨であると解するのが相当である。国家公務員法および人事院規則一四-七による政治活動の禁止は一般的には勤務時間あるいは事業場の内外を問わないものであつて、局所内政治活動のみを禁止する前記就業規則の規定と趣を異にするけれども、上記就業規則制定の経緯に照らすと、このことによつて右判断を左右するものではない。

そこで、人事院規則一四-七の政治的行為および政治的目的の定義規定のうち、本件プレート着用との関係で問題となるべき条項についてみるに、政治的行為については、その第六項第六八号(「政治的目的をもつて、勤務時間中において、政治上の主義主張又は政党その他の政治団体の表示に用いられる旗、腕章、記章、えり章、服飾その他これに類するものを着用し又は表示すること。」)が、政治的目的については、第五項第五号(「政治の方向に影響を与える意図で特定の政策を主張し又はこれに反対すること。」)がそれぞれ関連をもつ規定であつて、その他の諸規定が本件にかかわりのないものであることは明らかである。そして、右の「政治の方向に影響を与える意図」については、単に特定の政党の政策を支持しまたはこれに反対する目的を有するだけでは足りず、より一層重大な政治の基本的方向すなわち憲法で定められた民主主義政治の根本原則を変更し、または変更のおそれある行為をする積極的意思と解すべきであつて行為者に右の意味での政治的目的が意識されていない限り、前記人事院規則第六項第一六号の制限の対象となる政治的行為に該当する余地がないことについては異論をみないところである(なお、〈証拠省略〉によると、人事院職員局長は、全医労福島支部から「ベトナム侵略反対、小選挙区制紛砕」の組合大会決議をリボンにして着用することの当否について照会したのに対し、右リボンの内容は、国家公務員法、人事院規則一四-七の政治活動ではない旨の回答をしていることが認められる。)。

〈証拠省略〉を総合すると、次の諸事実が認められる。

(イ) 本件プレートは労働組合など約一二〇団体によつて結成された協議機関である安保破棄諸要求貫徹中央実行委員会が昭和四二年五月二八日の砂川集会開催にあたつてつくつた五万個(地色が青と赤の二種類各二万五〇〇〇個)のプレート(縦一、八センチ、横六センチのプラスチツク制の長方形平板で裏面に安全ピンをセロハンテープで固定し、上衣等に着用できるようつくられている。)の一つである。右実行委員会は、従来集会参加者から会運営費用にあてるため入場料の名目で会費を徴収していたが、団体として所属している各会員から会費をとるのはまずいという意見があり、会費の徴収に替えて右プレートを販売し、参加者の胸につけて貰うこととし、当日の集会の規模(参加人員)を約五万人と見込み、その当時における政治課題に即応したスローガンを採り上げて作成したものであつて、各加盟団体がある程度纏まつた数を引き受けてこれを売り捌いた。

(ロ) 原告の所属する全電通労働組合は、前記中央実行委員会には加盟していなかつたので、原告は、昭和四二年五月二八日の砂川集会に参加するため会場で本件プレートを買い、同日以降目黒局の職場においてこれを着用していた。原告が右集会後も引き続き本件プレートを着用した動機は、ベトナム戦争に反対することが日本の平和につながるという気持をもち、立川基地がベトナム戦争の遂行に利用されていると考え、本件プレートに記載されたスローガンに共鳴同調し、その気持を職場の同僚に理解してもらいたいということにあつた。

(ハ) 原告が本件プレートを着用した当初、上司である試験課長や施設部長はこれを知りながら格別の注意を与えることもしなかつたが、昭和四二年六月六八日、原告が夏季手当の支給について原告を不当に差別したとして、目黒局局長にその理由を質問するため局長室に赴き、説明された理由が納得できないと局長および次長に抗議していた最中にはじめて上記のとおり局長および次長から注意を受け、それ以後上司から再三にわたつて注意されることとなつた。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定の事実によると、本件プレートが政治上の主張の表示に用いられる記章に該当するとしても、原告が上記の意味での政治的目的をもつて本件。フレートを着用したものとは到底認め難いところであるから、原告の本件プレート落馬行為は、前記就業規則第五条第七項の規定に抵触するものではないと認めるのを相当とする。そうだとすると、本件プレート着用行為が就業規則に定める局所内政治活動の禁止に違反することを前提とする前記局長らのプレート取りはずし命令は、右就業規則の規定の解釈適用を誤つた結果なされたもので、正当な根拠を欠き、原告に対してなんら義務なきことを強制するものにほかならないから、原告がこれに従うことを拒否したとしても、命令不服従の責を問うに由ないものといわさるを得ない。被告は、上長の命令が一見明白に違法と認められる場合を除いて、部下職員はこれに服すべきであると主張するけれども、行政機構の組織的一体性の保持という特殊な要請のある公務員の服務関係ならば格別、本質的には一般私企業の労働者と何ら相違のない公社職員について、右のような特別の命令遵守義務を負わせる理由を見出すことはできないから、被告の右主張は採用の限りでない。

以上の次第で、前記(一)、(イ)、(ロ)の原告の所為は、その余の点について判断するまでもなく、就業規則第五九条第三号、第一八号所定の懲戒事由に該当しないものといわなければならない。

(2)  ビラ配布について

上記のとおり、被告公社就業規則第五九条第一八号は局所内でのビラ配布について、事前に局所管理責任者の許可を受けることを要求する第五条第六項の規定違反を懲戒事由として規定しているのであるが、就業規則にもとづく懲戒は、元来労働者の行つた特定の行為が職場秩序を実質的に侵害した場合、その失われた秩序を回復し、将来同様の職場秩序の侵害が反覆されることのないようこれを防止することを目的とするものというべきであるから、前記就業規則第五九条第一八号の規定の趣旨もこの懲戒の制度的目的に即して解釈されなければならない。就業規則第五条第六項のビラ配布許可制そのものが憲法第一九条、第二一条第一項に照らして合理的な制限といえるかどうかは兎も角、少くとも右就業規則の懲戒規定との関係についてみると、単に事前に許可を受けなかつたという形式的、手続的な違背を問題にして、およそ文書の無許可配布一般を懲戒処分の対象に包摂するものではなく、許可制を採用することによつて担保ないし維持せんとした職場秩序の実質的侵害(例えば、他の職員の作業妨害、作業能率の低下、職場内の感情的対立、風紀の紊乱など)を伴うような無許可のビラ配布のみを懲戒処分の対象とする趣旨であると解するのを相当とする。

そこで、本件ビラ配布の態様についてみるに、上記当事者間に争いのない(一)(ハ)、の事実に、〈証拠省略〉を総合すると、次の事実が認められる。

原告は、上記のとおり昭和四二年六月二二日午後三時過頃目黒局次長から本件プレートの取りはずしを命ぜられ、その際「取りはずさないと処分せざるを得なくなる。」旨の警告を受けた。そこで原告は右取りはずし命令が不当であると考え、ことの経過を目黒局の職員に訴えるため、「職場のみなさんへの訴え」と題し、六月一六日局長室でプレート着用について注意を受けた状況および管理者側の態度が職場の組合活動や労働者の政治的自覚を高かめる活動を抑えて公社の合理化計画をよりスムーズに進行させるための地ならしであるとの抗議の意見を記載するとともに、職場の要求をワツペン、プレートにして皆の胸につけることを呼びかけた内容のビラを作成し、同月二三日休憩時間中である正午から〇時一〇分頃までの間に、右ビラ数十枚を試験課、線路課など各課の休憩室および食堂で手渡し、一部休憩室のない職場では職員の机上に置くという方法で配布した。そして、右ビラの配布をめぐつて他の職員がその受領を拒否して悶着を起すとか、局所内を汚すというような事態はなかつた。

以上の事実が認められ、〈証拠省略〉によつては右認定を左右するに足りず、他に右認定を覆し得る証拠はない。

右認定の事実によると、原告は、上司の理由のないプレート取りはずし命令に抗議する目的で、休憩時間を利用して、大部分は休憩室、食堂で平穏裡に本件ビラを配布したものであり、ビラの記載は虚偽の事実とか個人的誹謗など特段に不当な内容を含むものではなく、その枚数も僅か数十枚に過ぎないのであるから、本件ビラ配布は、なんら職場秩序の実質的侵害を伴わないものであつて未だ就業規則第五九条第一八号所定の懲戒事由に該当しないといわなければならない。このことは〈証拠省略〉によつて認められる次の事実、すなわち、被告が、従来無許可ビラ配布を理由として右就業規則の規定により懲戒処分に付した事例は、いずれも勤務時間中に勤務中の職員にビラを配布した場合であつて、休憩時間中のビラ配布は懲戒処分を行うに至らないものとして訓告の措置にとどめていることからも裏付けられるのである。

そうだとすると、本件懲戒戒告処分は就業規則所定の懲戒事由が存在しないのにかかわらず行われたものであつて、爾余の点について判断を進めるまでもなく無効といわなければならない。

三、最後に本件訴の適否についての当裁判所の見解を附言する。

〈証拠省略〉によると、被告公社の職員就業規則第七四条は、「職員が現給を受けるに至つたときから所定の昇給所要期間(一二月)以上の期間を勤務したときは、その等級における基本給の幅の中において、直近上位の基本給に昇給するものとする。」と、第七五条は「定期昇給日(定期昇給を行う時期をいう。)は一月一日、四月一日、七月一日および一〇月一日とする。」と、第七六条第三項は「現給経過期間中において、戒告処分を受けた者については、定期昇給日を三ケ月延伸する。」と規定しており(賃金に関する協約第三六条第一号ハも同趣旨)、また第八一条によると、勤務地手当の月額は基本給に対応、比例して増額されていること、原告は現に本件処分により定期昇給を三ヶ月延伸されたこと(この点は当事者間に争いがない。)が認められるのであつて、右認定の事実によると、原告は、本件処分を受けたことにより就業規則上当然に翌年度の定期昇給日を本来昇給すべき時期から給ケ月延伸され、以後原告が被告公社の職員たる地位にある間は、特別昇給により昇給期間を短縮されるなど特段の事情がない限り、右昇給延伸の効果が継続することは明らかである。

もとより、原告は、本件懲戒処分の無効を理由として、右懲戒処分の結果当然に行われる昇給延伸により蒙る給与面での不利益につき、毎年その都度当該昇給延伸がなかつたならば受けたであろう給与差額の支払を求めて給付訴訟を提起することは理論上可能であるけれども、右給付訴訟の方途があることを理由に、それ以外の救済方法を一切排斥することは余りにも原告に難きを強いるものといわなければならない。むしろ、多数の権利義務を包摂し、しかも通常長期間にわたつて存続する包括的、継続的法律関係としての労働契約関係の特殊性に鑑みると、上記のとおり本件処分により当然昇給延伸の措置がとられるものである場合、かかる基本的な労働契約関係にもとづいて派生する個別的権利関係についての紛争を抜本的に解決するためには本件懲戒処分が無効なるが故に原、被告間に存在する法律関係(具体的にいえば、就業規則の昇給延伸規定を発動、適用してはならないこと。)を確認する趣旨で、端的に右処分の無効を確認するのが最も有効、適切な方法であり、紛争解決の直截性、訴訟経済上の要請にも合致するものというべきである。しかして、このように本件懲戒処分の効力を確認することによつて解決すべき法律上の利益が肯定される以上、懲戒戒告処分は法律関係の発生、変更、消滅の前提となる一の法律事実に過ぎないとの理由のみによつて、その確認請求の対象としての適格性を否定することはいささか形式的に過ぎ、法律上の利益ないし必要に応じて紛争の公権的解決を図ろうとする民事訴訟制度の目的にも背馳するものといわざるを得ないのであり、以上述べたところがら、本件懲戒戒告処分の無効確認を求める本件訴えは適法なものと解すべきである。

四、以上の次第で、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西山要 島田礼介 瀬戸正義)

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